2011年8月31日水曜日

『サッカー少女〜楓』

昔『キャプテン翼』というサッカー漫画があった。当時は野球全盛期。少年たちははみな野球ができた時代。野球が下手な奴はカスと思われた時代。


『キャプテン翼』は高橋陽一が作者だが、当時はサッカーという超マイナーなスポーツの振興に励んだ新興宗教の開祖的存在。

今度は『サッカー少女楓』という漫画で女子サッカーを書く。前にも書いたが女子サッカーは狙い目。

効率的に世界一になれる数少ないスポーツ。
世界的に競技人口が少なく、レベルもそこそこー今すぐやるなら女子サッカーに限る。しかも経済的です。

体格もフェイスも二の次。こんな好都合でタイミングがいいスポーツは無い、絶対無い、今は!とにかく少女たちよ今すぐサッカーをやって世界を巡り倒してくれ。

でも余り漫画、アニメに没頭したらあかん、どこかの国の首相みたいに漢字が読めないアホが増殖してしまうから(T_T)

2011年8月30日火曜日

午前7時に始業の会社から

ファーストリテイリングが就業規則を変更して午前7時に始業する。

画期的なこと。朝の貴重な時間帯を有効的、効率的に活用。観光でも朝一のイベント、朝市は宿泊を伴い有効だが、ファーストリテイリングで自己研修、語学習得に時間を期待している。『朝一の習慣は観光消費を加速する』かもしれない。
朝の訴求力は観光誘致に、宿泊促進につながる。次の一手を考えないと。

でも暫くは朝市と、寺社の朝修行、朝粥でまだまだ集客は出来るしな。

2011年8月29日月曜日

最近、木津川市が熱いので

木津川の魅力、無料情報誌に 10月創刊向け準備着々という記事目にした。
まずは基本の冊子作りからというところだが、目的を明確にする必要がある、
地元住民向けなのか、観光客(非常に少ない)向けなのか?
記事を読む限りは、住民向けにディスカバー木津川?と思いますが。まずは地元に木津川のいいところを知ってもらうところからスタートですね。
以下京都新聞から。」

木津川市の住民が、市内の店舗やイベント情報を提供するフリーペーパー(無料情報誌)の創刊に向け、準備を進めている。10月上旬に創刊号を発行予定で、「住民目線で市民が作る情報誌として、地域の魅力を発信できれば」と意気込んでいる。
 情報誌は「Kizugawa Amble(きづがわ・あんぶる)」。昨年初開催した木津川アート来場者から、「どこでご飯を食べたら良いか分からない」との声が多く寄せられ、スタッフを中心に企画した。名前には、市内をゆっくり満喫してもらおうと、木津川に「のんびり歩く」という意味の英単語を組み合わせた。
 現在は市民8人で編集部を結成。掲載店舗の取材や写真撮影などに取り組んでいる。スタッフの小川里佳さん(40)=梅美台=は「経験したことのない作業で大変だけど、いろんな人と出会う機会ができてうれしい」とやりがいを語る。
 このほど編集部が訪れた木津川市市坂の雑貨や花なども扱うカフェでは、スタッフが見本誌を手に、掲載スタイルを説明したり、店の紹介文に必要な情報を記入してもらうよう依頼していた。経営する古川博行さん(33)は「田舎なので宣伝も難しい。いろんな所が協力し合うのは良いこと」と評価する。
 創刊号はA4判12ページで、約30の飲食店や雑貨店を紹介するほか、住民お薦めの地域情報も掲載。約1万部作り、国民文化祭イベントの会場や公共施設、駅、スーパーなどに置く。上田悠貴代表は「継続的に発刊していきたいので、情報掲載や広告など地元から協力が得られれば」と話していた。



2011年8月28日日曜日

鯖街道(さばかいどう)を歩く

鯖街道(さばかいどう)は、若狭国などの小浜藩領内(おおむね現在の嶺南に該当)と京都を結ぶ街道の総称。
主に魚介類を京都へ運搬するための物流ルートとなっており、その中でも特にが多かったためこの名で呼ばれるようになった。
現在の嶺南から京都を結んだ街道全てを鯖街道と呼ぶ。
鉄道や自動車が普及する以前の時代に、若狭湾で取れたサバを徒歩で京都に運んだ道であったことから、このように呼ばれるようになったと言われている。サバに塩をまぶして夜も寝ないで京都まで運ぶとちょうど良い味になることから、運ぶ人達は「京は遠ても十八里」と唄いながら寝ずに歩き通したと言われている。こうして運ばれた塩漬けのサバは京の一般庶民にまで喜ばれ、その到着が待ち望まれたとも言われている。
そうなんです。
京料理を支えたのがこの鯖街道。もちろんさばだけを運んだわけではなく、ぐじ(アマダイ)なんかも一緒に運んで京料理の発展に寄与したのです。
もちろん、いくつか道のある総称だから、1本しかないのではなく、若狭から京都へつながる道を鯖街道と言ったから、いくつもあります。

2011年8月27日土曜日

『平清盛』にちなんだ新名物誕生

平清盛にからんだ、新商品はずばりこれかな?
平清盛はじめ平氏が都で食したという具材を使った東山六原の新名物。
東山消防署前の「しげもり」というううどん屋で新メニューとして近いうちに販売される予定。
なぜこのメニューかは、またの機会に。

<清盛うどん>








<清盛そば>

平清盛の実像とは

平清盛の印象、イメージ、評価は、すこぶる悪い。この視点では、明智光秀とよく似ている感がある。


閑話休題!


これは源氏のスタンスで書かれているためもあるが、『平家物語』では、悪虐、非道、非情の描写から、平清盛は古来成り上がり者の暴君、という評価が定着。しかし、一方で実際の清盛の人物像は温厚で情け深いものだったともいわれている。

平清盛の業績としてもっとも大きいのは、日宋貿易とそれにともなう瀬戸内海航路の整備と祝われている。大輪田泊(神戸)や音戸の瀬戸の開発などその後の発展に大きく貢献している。他にもj高野山大塔の修理、蓮華王院(三十三間堂)の建立、平家納経の作成、厳神社の造営など、きっちりと仕事してます。どこかの総理大臣の退任時の自画自賛の評価レポート見たいなことはなく、しっかりと業績として残っているのがすごい。

2011年8月26日金曜日

『平清盛』の舞台となる京都の六波羅について

来年の大河ドラマ確実に観光客が増える六波羅。
今は六波羅というより「六原」というほうが多いが、ウイキペディアによれば以下だ。
来年確実に話題になるから押さえておきたい知識です。

六波羅(ろくはら)は京都の鴨川東岸の五条大路から七条大路一帯の地名である。現在の京都市東山区の一部。六原とも記される。

天暦5年(951年)空也がこの地に西光寺を創建し、後に中信がこの寺を六波羅蜜寺と改名したことから「六波羅」と呼ばれているとされる。
この地は洛中から京都の住民の葬地であった鳥辺野に入る際の入口にあたる事から、この他にも六道珍皇寺など沢山の寺院が建てられ、信仰の地として栄えた。
院政期には平正盛が一族のために供養堂を建立し、その子忠盛が「六波羅館」を置き、ここを武家の拠点とする。正盛父子の伊勢平氏は、伊勢国を本拠としており、京都から伊勢や東国方面への街道が近くにある六波羅が拠点として選ばれたと考えられている。平清盛の時代に平氏政権の中心となるが、後に清盛は洛中に「西八条邸」を造営して政治の拠点を移した。しかし平氏一門の軍事力の拠点は引き続き六波羅館に残った。寿永2年(1183年)平氏の都落ちの際、六波羅館は焼失した。

平氏の都落ち後、六波羅の地は源頼朝に与えられ、京都守護となった北条時政が京都
守護の庁舎を置き(後、一族で甥の北条時定が駐留する)、頼朝や御家人の宿舎が築かれた。ただし、頼朝は六条堀川に河内源氏代々の館を持ち、時政以後の京都守護は公家出身者や京都在住が長い武士が多かったために自己の屋敷を庁舎としており、専ら北条氏のように京都に拠点の無い東国武士が拠点にする場合が多かったとされている。

大河ドラマの『平清盛』へのしかけ

来年は大河ドラマは『平清盛』だが、すでにかなりの仕込み?やしかけがあると思う。
舞台は当然京都市内がメインだが、福原(神戸市)も結構絡んでくるんじゃないかな?
源氏の氏神が“石清水八幡宮”藤原氏の氏神は“春日大社”そして、平氏の氏神はご存じ“厳島神社(広島)”だね。
JRの商品で「三都物語」ってあったけど、京都大阪神戸なんだね。確かに神戸(福原)にも平清盛は遷都していた。でもあんまり話題にならんね。奈良県なんかは、なんで三都で神戸が?といってるくらいやから。

来年度清盛と関係の深い都市は、京都、福原(神戸)、牛窓(岡山)、鞆(広島)、尾道(広島)、厳島神社、神崎荘(佐賀県)あたり。
とくに広島県なんかは、大河ドラマほんまに久しぶりやカラ、かなりしかけてくるのと違うかな(逆に何もせんかったらアホやで)
来年は、広島と京都、神戸が盛り上がるかもね。

2011年8月25日木曜日

南山城村にある老舗旅館 鶴乃家

今の状態は開店休業状態。
なかなかの景観好位置にあって風光明媚な景色が堪能できる。
しかし、この宿をいかにして活用するのか?が課題。
キャピキャピした若者は無理だが、癒しとひなびた旅館で打ち出す手はあるんだが、地元の人間にそれが理解できるか?
まだまだ手はある。(^O^)
金をもらってコンサルに頼めば直ぐに実行できる内容だが。

2011年8月24日水曜日

木津川流域観光振興 その2

・週末は、○○キャンペーンで…「週末は山梨に居ます」
 週末 バーベキュー王国、相楽フルーツ王国、山城フルーツロード

・歴史スポットの活用
 国宝、重要文化財、無形文化財の寺が点在している点にもっと着目。熟年層、知的好奇心に訴求、歴女、仏女のスポットとして、ストーリーをもっと掘り下げて。アニメ、漫画などの題材をチェックすれば、舞台となるものがあるはず。

 すでにある「京都伝説の旅MAP山城」はいいマップ。
・意外なコンテンツ

・木津川でのカヌー  身体障害者の方への参加をアピール。

・パワースポット 若者スポット 恋志谷神社、ロマンチックなストーリーをつくる。
・関西本線  駅での店 JR福塩線「備後矢野駅」の例 うどん山小屋

 本数が少ないからこそ、旅行に来た感じもする?


・和束の茶畑 …世界農業遺産へ

 お茶を使って商品開発、販売は可能性は大きい。

・二次交通の充実、週末観光周遊バスの運行 =山城ゴールデンコースの設定

・木津川駅~加茂~笠置、南山城

   ・加茂駅から海住山寺、岩船寺、浄瑠璃寺、の週末観光バスの運行。

   ・山城紅葉バスの、桜バスの運行

   これにともなう地元観光ボランティア協力体制。

・関西学研都市  東大阪と連携をした外国人テクニカルビジットとして。

・京都の奈良の中間地点

奈良からの一足のばし、京都と奈良の中間地点としての地の利を活かす。奈良と東大阪のとの連携で、ワンストップのエリアとして、インバウインドの可能性もありかも。
・ご当地メニューの開発、ブラッシュアップ 「ご当地鍋フェスタ」はgood!

お茶を中心とした新メニュー、新食材の開発いける。

・加茂プラネタリウム。天文ファン向け。

島田紳助さんが芸能界引退

火曜日の夜の速報でそんなニュースが飛び込んで来た。
暴力団との交際が理由らしいが。
正直関西のファンにとって非常に残念、かつ悔しいですね。

芸能界で数々のタレントを発掘し、多くのファンがいたことも事実で、彼のおかげで大成、売れたタレントなんか腐るほどいる。

観光の観点からいえば、沖縄の地域振興にこれだけ貢献した人は居ない。
しかも、金だけでなく実行をともなって沖縄の石垣島、宮古島をあれだけ盛り上げた人は居ない。観光振興ではもっともっと頑張って欲しかった。でもこれからたくさんのレギュラー番組をどうするんだろう?かなり穴を空けることになる。

ご冥福を祈るm(_ _)m

2011年8月22日月曜日

メオコン川のイルカ

ラオスからカンボジアのメコン川のイルカが絶滅寸前になっている。
生息するのは淡水の“カワゴンドウ”というイラワジイルカで絶滅寸前と、WWFがレポートした。
2009年には70~80頭弱いたイルカは、でんどん減少。
川漁の刺し網にひっかっかって子供のイルカが死んでしまう。

この手の案件には日本のボランティア、NGOなどは敏感なはずだが、関心あることにはすぐに反応するはずのこれらの団体、組織は冷ややかというか、冷たい。
ちょっと日本の援助とかボランティアとかには、視点が偏重しすぎている感じがする。
アジアに冷たい日本。欧米に媚びうる、ヘコヘコ日本のボランティアグループにはもっとアジアをしるべきだと思うね。

“カワゴンドウイルカと人間との関係”
海岸近くに棲息するため、他のイルカに比べて人間からの影響を受けやすい。
最も直接的な脅威は、油脂を捕ることを目的とした捕獲である。絶滅の危機に瀕しているとして捕獲は法的には禁止されてはいるものの、数万kmにおよぶ海岸線を監視することは現実的ではないため、禁止の実効性に関しては疑わしい点もある。刺し網による混獲や爆薬を用いた漁の巻き添えによる負傷はベトナムやタイにおいては一般的なことである。
生息数の減少と生息域の縮小が大きな問題となっており、インドのチルカ湖 (Chilka Lake) においては、刺し網や地引き網によって、個体数がわずか50頭ほどに減少してしまったと考えられている。また、河川を漁網で塞ぐことによって、カワゴンドウの移動を制限し孤立させてしまうといった問題も起こっている。IUCNは、メコン川、エーヤワディー川(ミャンマー)、マハカム川(ボルネオ島)、マランパヤ海峡(フィリピン)、ソンクラー湖(タイ)に棲息するカワゴンドウを絶滅寸前 (CR:Critically Endangered) としている。カワゴンドウは水族館において芸をさせることを目的として飼育展示されることもある。



2011年8月20日土曜日

外国人向け京町家歩きツアー

【京都市景観・まちづくりセンターが8月から、外国人を対象に、京町家の魅力を伝える街歩きツアーを始める。
観光というより生活体験ツアーかも。
藤平陶芸さんの清水焼登り窯、六道珍皇寺などを訪問して、宮川町で舞妓さんをみて、町やでお茶飲んで一服するまったりしたツアー。
これもいいんじゃないかな?



宿坊で日本文化堪能する外国人たち

宿坊で日本文化堪能する外国人たち

朝のお勤めたっぷり寺院に泊まり、朝のお勤めなどを体験できる宿坊での宿泊が注目されている。金閣寺、銀閣寺でもない清水寺でなく、宿坊で5000円前後、ホテル並みの施設なら7000円くらいで宿泊して、朝のおつとめを体験するプラン。
安く泊まれる寺から、高級ホテルのような豪華な会館まで、多彩な宿泊施設があるという。
日本人にもあまり知られていないかもしれないが、外国人に受けている。外国人に関心が高く、今後増える。おなじ寺社仏閣でもこちらのほうがいいんじゃないかな?
朝のお勤めを終え、住職の法話を聞く宿泊客(京都市右京区・大心院)
 

自転車の聖地“美山”

美山町(南丹市)を自転車のメッカにDJガラパさんと、ブラッキーさんとう自転車野郎がいる。
美山の自転車王国発展に寄与している貴重な地元人間の一人。
「美山の自転車プロジェクト」が誕生し、これからも応援していきたいですね。

今度会いに行こう。


■自転車ツーリングに最適
 毎年5月にサイクルロードレースが行われる南丹市美山町で、「美山を自転車の聖地に」と、中島隆章さん(46)が、さまざまな構想を練っている。都市部から比較的近く、道路状況の良い美山は「自転車を楽しむのに最高。少し条件整備をすれば、全国に誇れる」と熱っぽい。
 中島さんは、毎年の美山サイクルロードで、レースの実況放送や、表彰式の司会を務めている。自転車の世界では「ブラッキー」の名知られる。この愛称は、大阪を拠点につくっているアマチュアバンドでの名前という。


http://www.cyclowired.jp/?q=node/47214

http://www.kyoto-np.co.jp/kp/sport/mandara/c_athlete/at47.html

祇園はんなり横丁

祇園の一角に昔懐かしい“はんなり横丁”というのがある。洛中洛外、昭和レトロ風の飲食店街「はんなり横丁」(京都市東山区) 昭和レトロ風の飲食店街「はんなり横丁」がこのほど、京都市東山区四条通東大路西入ルの祇園ファーストビルの地下に誕生した。
昭和のレトロをテ-マパークといえばそんな感じです。
梅田のスカイパークの下にある、なんちゃら小路とよく似ている飲食街でぜひ一度足を運びたい。
そんな時代に生きていたわけでもないが、なんとなく懐かしく思えるのはなぜ?
昭和にタイムスリップ 東山にレトロ飲食店街、誕生印刷用画面を開く

 串カツ店など9軒が並ぶ通路には、蚊取り線香や虫刺され薬のホーロー看板、仁丹の町名表示板などを随所に掲示。床を石畳風、壁面を板張りにし、瓦屋根の軒先も再現した。木の電信柱には電灯も吊した。
 石原裕次郎さんら往年のスターのポスターも。プロデュースした長谷功さん(50)は「若い人には新鮮で、年配の人には懐かしいのでは。観光客も足を運んで」と期待する。

(一部京都新聞抜粋)




木津川流域における観光振興についてのメモ ①

木津川流域にはm観光振興の視点から、いろんな可能性を感じている。
そのいくtかを列挙してみる。

 ・基本のスタンスとしては、相楽地域は奈良と東大阪との連携。大阪、名古屋圏は十分観光客の対象となりうる。
・広域観光としての認識、あえて宿泊客は狙わない?。

・二地域間居住 
 大震災にそなえて、二つ目のふるさと戦略 東海、東南海、南海大地震に対する地震疎開の地としての相楽エリア。それを前提とした、定期的な交流事業。地元空家バンク制度の整備、グリーンツーリズムでもいい=震災疎開パッケージ(NPO法人「全国商店街まちづくり実行委員会」)。対象は名古屋圏。

・週末居住で交流人口を狙う。 
 移住定住は望まない、週末人口を増やす。
  ・週末ショップオーナーの募集 沖縄ドリームショップ計画の事例=週末ショップ経営
  ・週末 リフレッシュ、充電タイムとしての相楽。女性だけの癒しの村構想
・関西ダッシュ村構想=週末農暮らし
  ・週末旅館のお女将募集

(続く)

2011年8月19日金曜日

保津川下り、安全徹底を 遊船組合・船頭に呼び掛け


京都府の誇る保津川下りの対応。
引き続き、安全運航を徹底してもらいたいですね。

以下「京都新聞」より。
頑張ろう亀岡!

乗船場を出発する保津川下りの船。天竜川の事故の影響もありライフジャケットを着用した乗船客が多かった(18日午後2時20分、亀岡市保津町)浜松市の天竜川での転覆事故を受け、保津川下りを運営する保津川遊船企業組合(亀岡市)は18日、朝礼で船頭約110人に、安全運行と乗船客への救命胴衣の着用案内の徹底を求めた。
 近畿運輸局は19日午前、同組合で緊急安全指導を行う。
 保津川下りは亀岡から嵐山までの桂川(保津川)約16キロ。天竜川下りの船と違い、モーターはついていない。2010年の客数は約25万人。
 同組合によると、船頭は、流れが急な場所や水量の変化などに対応できるよう実地で経験を積む。通常1隻に船頭3人が乗り込み、増水時は最大5人に増やす。救命胴衣は船内に乗客・船頭(最大30人)分積んであり、希望者に着用方法を教える。だが、暑さなどを理由に実際に着ける人は少ないという。工藤正代表理事は「明日は我が身ととらえて危機意識を持ち、安全な川下りをアピールしたい」と話した。
 保津川では近年、ボートで急流下りを楽しむラフティングも盛んだ。亀岡市内では約10社が営業、大学の同好会なども訪れる。各社は乗客に救命胴衣とヘルメットの着用を義務づけ、川へ落ちた際の対策も教えている。保津川下りの船と航路が重なるが、ラフティング関係者によると、船にぶつからないよう、ボートを止めて船の通過を待つのがルールになっているという。



2011年8月18日木曜日

天竜川で2人死亡3人不明

天竜川の事故は大変ショッキングだった。
京都府の誇る保津川下りにも、より一層注意が促される。
ライフジャケットは必需品になりそうですね。

以下新聞記事から~

 17日午後2時15分ごろ、浜松市天竜区二俣町の天竜川で23人が乗った川下りの船が転覆した。静岡県警などによると、愛知県豊橋市のダンス講師木村周子さん(67)と堺市の羽根洋子さん(74)が搬送先の病院で死亡。2歳の男児と82歳の男性、船尾にいた66歳の船頭の計3人が川に流され行方不明となった。
 浜松市消防局によると、死亡した2人のほか20~50代の男女5人が病院に運ばれ、重軽傷。同市消防局の水難救助隊などが救助活動に当たっている。
 船を運航する天竜浜名湖鉄道によると、船は長さ約11・7メートル、幅は最大約2・4メートル、重さ約1・3トン。(共同通信)

2011年8月17日水曜日

宮津の花火は最高でした!

16日は宮津の灯籠流しと花火ー
宮津の花火は最高ですね。
迫力満点、ほんででかい!
次回はぜひ車で行きたい。
ここの問題は移動機関です。
JRはもっと臨機応変に対処せないかん。
あんなもん素人のイベント対応やな。年に一度と開き直りはダメ。でも体質は変わらんな、絶対(`ε´)



しかし、この日の夕方は宮津と福知山、宮津と綾部の間で大雨で電車が遅れ遅れ。事の顛末は、宮津の花火20分で切り上げて750に会場をでて、810宮津発で帰ろうとしたが、結局西舞鶴発220680分待ち、綾部駅接続、園部駅接続で自宅に着いたのは翌日の015だよ。ドアツードアで5時間強だよ。02日の花火ツアーになってしもうたがな。
でも花火は価値あると思う。

2011年8月16日火曜日

保津川のあゆもどきは応援したい

 保全推進へ保津川の宝物アユモドキを取り組む。(京都新聞から一部抜粋)

亀岡市文化資料館で展示が始まった。
国の天然記念物のアユモドキ(亀岡市古世町) 京都府亀岡市の保津川にすむ国の天然記念物、アユモドキの展示がこのほど、同市古世町の市文化資料館のロビーで始まった。草津市の琵琶湖博物館から借り受けた5匹は資料館の水槽に移されると、元気に泳ぎ回った。
ほとんどこのアユモドキが保津川に生息していることは一部の研究者には知られているが、まだまだ一般には少なかった。貴重な魚の一種です。
 天然のアユモドキは亀岡市と岡山県にしか生息していないとされる。市内では保護活動が実を結び増えているというが、市民が見る機会がないため、身近に感じて保全の機運を高めてもらおうと同館が企画した。
 生態に詳しい岩田明久・京都大大学院教授らが、臆病なアユモドキが安心できるよう、水槽に砂利を深く敷き、パイプを沈めて環境を整えた。アユモドキを放すと、新しい環境にやや戸惑った様子で泳ぎ始めた。岩田教授は「生息する亀岡で、生きている姿を見てもらうことに意義がある」と来館を呼びかけている。

京都市観光客5000万人届かず、残念?

2010年の京都市の観光客異り込みが4955万人で5000万に到達していない。
おかげ様で京の七夕で夏の入り込みは6.4%増でまずまず。
京都市の感動度、残念度調査では、78.6%が感動、39%が残念。
一番評判が悪い、不満度が高いのは予想通り、交通マナーの悪さ交通状況への不満が12.6%だった。原因はもちろんマイカーによる入洛が減らないことと、中国人韓国人観光客の公共交通マナー、京都市交通局職員の質の問題などがあげられる。観光都市としてはちょっと情けない現実を目の当たりにする。

ちなみに京都府域としては、全体で1万人増、2719万人と2年ぶりに増加。
丹後 2.3%増 +
中丹 10.1%増 +
山城乙訓 2.8%減▼

こんなんでした。

戦国以来の製法を守るビーロド織物がある

ビロード織物って聞いたことある?

ビーロド細工は聞いたことがあるが、なかなかビロード織物って最近聞いたことがないような気がする。
京都府南丹市に高級織物「ビロード」を昔ながらの製法で手作りする藤本義人さんがいる。
全国的にはビロード業者は3社程度。高級織物として、人形のドレス、高級志向の愛好者が多いとう現実の中で、価値あるビロードを戦国時代からの製法で現在も作り続ける。
「高くても質のいいものは売れる」がモット^-。

一度工場見学に行ってみたいね。

京(都市)の観光客、外国から最多98万人

京の観光客、外国から最多98万人 欧米中心に

こんな記事が12日にでていた。
外国人が100万人だよ。すごい。でも京都市の話だから。市の観光政策では量より質への転換が急務として、ラグジュアリー路線には変更がないと思うが。五山の送り火には足元をすくわれた感がある。あれを観光にからめたらあかんわ。

以下「京都新聞」朝刊より。
京都市がに発表した2010年の観光客数で、外国人の市内宿泊者数が過去最多となる98万3千人に達した。市は「欧米を中心に和を象徴する京都への関心が高まっている」とする。ただ、東日本大震災の影響で11年の外国人客は大幅な減少が予想される。
10年に市内で宿泊した外国人客を国別にみると、最多は米国の28万1千人(構成比28・6%)で、以下オーストラリア7万7千人(同7・9%)、中国7万6千人(7・8%)と続く。上位10カ国・地域のうち欧米諸国が6カ国を占めている。
 市は昨年3月に「未来・京都観光振興計画2010+5」を策定。観光客の「数」だけでなく「質の向上」で「5千万人感動都市」を目指すとし、その戦略の一つに外国人観光客の誘致強化を挙げ、国際会議の招致など積極的な情報発信を続けてきた。
 市観光企画課は「景気の回復基調で今年の初めは国内も含めた観光客数は好調だった」とするが、3月の東日本大震災発生で状況が一変。JR京都駅の京都総合観光案内所を7月に訪れた外国人客数は前年同月比で54・5%も減少した。震災から5カ月を経て「(外国人客数減の)最悪期は脱したが、今年は半減も仕方がない」とみる。
 外国人客で最も人数が増えたのは、個人観光客向けビザの発給要件が緩和された中国からの観光客で前年より66%も伸びた。京都市を除く府内25市町村でも中国が77・8%と大幅に増えたほか、韓国からの増加も目立つ。
 門川大作市長は「京都は欧米に比べ、まだアジアからの観光客が少ない。アジアに強い大阪などと連携することも大事」と強調し、アジアからの誘客に力を注ぐという。



子鉄の旅

鉄道マニアには何種類かがある。
鉄っちゃん、鉄子、子鉄などなど。
今の夏、京阪のグループで、京阪寝屋川車両基地を見学させる見学プランがある。
同じく近鉄でも葛城山のロープウエイの巻き上げ機を見学させたりするもの。

鉄道ファンは根強い、しかし大人になってから出現するのものではなく、幼少のころからにわか増え続ける。
今は女性の鉄道マニア鉄子、子供の鉄道マニア 子鉄など、すそ野を増やすために、鉄道の旅を応援しようか?¥

2011年8月14日日曜日

京都市交通局の市バス

市バスの運転の荒さは、京都の名物。

まあ数人ひいても、電柱に激突しても走り続ける運転士気質は健在。
一度彼らのテクニックといつ事故るかというスリルは、観光客のみなさんにも体験して欲しいー
こんなんだから、よく京都市バスの車両は破壊されるが、ちゃんと整備、修理してベトナム、カンボジアなとアジアやアフリカで活躍してると聞いています。例えば日本で評判悪くても、海外では役立ってます。
でも、京都市バスの運転わ横暴や、砂利運びのトラックと違いまっせ(`ε´)

お盆で日本中が動く

さすがに今年の夏は、というがお盆は人が動いている気がする。都心のプール、ホテルプールは空きが多いらしいが、高速道路の混み具合をみてると、そこそこ多い気がする。
盆の分散化、夏休みの分散化は閑散期対策には必須。
夏休みの概念を7月から9月までに定着させて、秋休み、秋のシルバウォークを定着させて、国内移動人口を増やしたいな。
まあ儲かるのは、ガソリンスタンドとコンビニかもしれないが。

2011年8月12日金曜日

妥協した大文字保存会

やっとあの一連の被災マツ騒動にピリオド。

といっても、騒いどるのは京都市関係だけかもしれない。取り上げてるのは京都新聞くらいであまり世間も関係の無いことなんだろう。


そもそも『五山送り火』は観光か?となると、結論は観光ではない。クラブツーリズムなんかは、五山送り火でなく、堂々と『大文字焼き』と書いてツアー募集しているから、旅行会社にとっては観光素材なんだろう?でも大文字焼きは無いんじゃないの?あの大阪焼きを思い出す。関東の祭では関西人は知らない大阪焼きが堂々と売られていた。

2011年8月11日木曜日

心無い偽装クレーム



今回の被災まつ騒動では、京都市の傲慢タカビー体質を再認識した。しかしこれは観光とは関係ないし、今に始まったことでは無いのです。

昨日この被災まつ騒動に便乗したこころない筋違いクレームもあった。
これは群馬県のなんちゃら農園から、FAXが京都府観光連盟にきたものだが。
同じくこの日甲子園では京都府代表龍谷平安高校が試合をやっていた。
この試合の終了後に、龍谷平安高校が負けたことに対して、「龍谷平安高校が敗北したことに、心底うれしく思う」と書いたFAXが送り付けられた。
お分かりのように、一連の被災マツ騒動と甲子園球児の熱戦の末の勝ち負けとはまったく無関係。
しかも、どこにクレーム言ったらいいか分からんアホな連中が片っ端からFAXや電話をかけまっくているという筋違い。とうとうその矛先が高校球児及んだこと、クレームの対象や、送り先の無差別攻撃に転じた格好となった。何かちょっと悲しくなりますね。


陸前高田市のマツ騒動について

本日の朝刊ですが、京都市と大文字保存会との間のことが書かれている。

そもそも論として、これは大文字保存会が決定したことで、京都市としての決定より、保存会の仕業である思える。何らかの事情はあるにせよ。

「京都市は高飛車、傲慢」などの認識を再認識した結果となった。
でも今更気がつかれても、それを承知で京都にきてるんだろう?おもてなしとか、そんな心は京都市にはないと思ってたほうが気が楽です。

被災マツ風評被害、市長に謝罪求める 京都党市議団(京都新聞8月11日)


 東日本大震災で被災した岩手県陸前高田市のマツを大文字の送り火で使う計画が中止された問題で、京都市議会の地域政党京都党市会議員団は10日、門川大作市長に対し、風評被害を招いた責任を認め、市民を代表して謝罪することを求める申し入れを行った。
 申し入れでは、送り火は市指定の無形民俗文化財で市に助言と勧告権限があるのに、大文字保存会が中止を市に伝えた際も慰留せず、「市が積極的に介入しなかったことが中止の大きなきっかけになった」と指摘。門川市長に、被災地に精神的苦痛を強いたことを謝罪し、中止に至る経緯の究明を求めた。
 村山祥栄団長は「門川市長は市に落ち度が無いとの言動を繰り返し、保存会に責任を押しつけている」と批判した。

2011年8月10日水曜日

仙台の七夕

今京の七夕では、仙台の七夕飾りを展示している。
鴨川会場のステージ横で、一緒に絵はがき短冊も販売。
なんせ月曜日からはモノを販売してるのは鴨川会場ではここだけやから、売れるに売れる。
鴨川会場で土日に売れなかったのが嘘みたい。まあ売り方は新手の霊感キャッチセールスみたいなもんやが、やはり独占権、専属権があるのは販売に大変有利。定価300円やけど500円で販売しても誰も文句言わん?あこぎな売り手市場?かも。でも営業では、勝てば官軍。
また『今だけ、ここだけ、アナタだけ』の必殺セオリーにもかなってる。
こんなビジネスがしてみたい。ただ絵はがき短冊の300円は高すぎる。200円〜150円が適正価格。

2011年8月9日火曜日

8月7日は長崎の原爆投下

広島に続いて、7日は長崎の原爆投下の日。まだまだ太平洋戦争を忘れるには遠い。
修学旅行の定番「平和学習」は健在。
最近はもっと広い意味で「歴史学習」とあえて言っている(基本は同じ)

日本でその歴史を引き継ぐ歴史学習の場所はだんだん少なくなりつつある。というか忘れ去られつつある。
平和学習の定番と言えば、沖縄、長崎、広島。新たな切り口として、人権学習が20数年前から提案し始めたが、最近はどうだろう。
朝鮮韓国人の強制労働連行、ハンセン病患者隔離など、戦争にまつわる平和を認識するテーマはまだまだ生きている。

経済学的には、世界経済の右上がりの状況は。節目節目の戦争によりステップアップしてきた。最近は日本では目立った戦争っていうのはないから、大震災(神戸淡路、東北)がその戦争の役割を果たしてきた皮肉な結果。
世界は「不安の三十苦」、円高ではなくドル安。世界が混とんとしてきた。
今一度「こころ」に訴求した国の運営もいいが、国を行く末が不安になってきた。

2011年8月8日月曜日

昨日は『亀岡平和祭花火』

ほんま30数年ぶりの亀岡の花火でした。

何か花火って癒しと力が沸いて来ますね。

夏の花火もいいし、冬のスキー場の花火、新月の時の花火も一見に値します。

14日は八木の花火。こちらも必見です(^_^)v

2011年8月7日日曜日

鴨川納涼が始まった  京小町踊り子隊プロジェクト

京の七夕と同時開催。鴨川納涼で京小町踊り子隊登場
由来を紹介します。



【由来】

江戸時代1634年、徳川家光上洛の折、京の町娘たちが歓迎の気持を踊りにして将軍一行を出迎えました。この歓迎の踊りが「小町踊り」と言われています。伝統に裏づけられた新しい感覚の文化が数多く展開した江戸中期の元禄時代、京都では宮崎友禅斎の特色ある意匠と染めの技術が見事に開花し、当時流行の友禅染の着物を着て「小町踊り」が踊られていたそうです。

家光上洛から370年、宮崎友禅斎生誕350年の2004年、「小町踊り」の時代と重なる流れが京都に起こっています。新たな京都ブランドの発信がはじまり、若い女性たちの間でも着物ブームの兆しが見えてきたのです。
この時代を捉え、現代版「小町踊り」をつくることで、若い女性たちに着物を着て踊る楽しさを提案し、かつての「小町踊り」のように、京都観光にいらっしゃる方たちをお迎えしたり、他都市での京都PR隊として活動したりと、若い女性のエネルギーで京都の文化の継承と振興に寄与していこうと「京小町踊り子隊プロジェクト」を特定非営利活動法人(NPO)として設立いたしました。
◆2004年9月17日京都府より認可
『京小町踊り子隊』の名の由来は、今から約370年前、京の町衆が徳川家光上洛の折歓迎の気持ちを踊りにして迎えたという「小町踊り」を進化させたもので、現代版〈京娘の町衆踊り〉をめざしています。
特定非営利活動法人 京小町踊り子隊プロジェクト