2019年12月31日火曜日

光秀の丹波平定に味方した国衆②

川勝 継氏(かわかつ つぐうじ)は、戦国時代から安土桃山時代丹波武将
世渡りの達人。
天正4年(1576年)からの明智光秀の丹波攻略には与力となって協力し[2]、信長により戦功を賞された。天正10年(1582年)の本能寺の変以降は豊臣秀吉に仕え、同年9月9日には嫡男・秀氏が秀吉より丹波国何鹿郡内で3,535石を与えられている。慶長3年(1598年)、初めて徳川家康に謁見し、秀吉死後は家康に仕えたというからすごい生き様。




2019年12月30日月曜日

光秀の丹波平定の功労者?①

小畠左馬之助、小畠助大夫。
信長の統一戦が進む中天正三年(1575)六月十七日、朱印状を受け、丹波攻めのために派遣する明智光秀に協力するよう命じられている。光秀からは同月十九年、知行安堵され、働きによって新知を加増することを約束された(小畠文書)という。
丹波に居りながら、光秀の丹波平定に際しては手下となって、手引きするとは?

丹波の国衆から見たらそうなるのですが。
小畠の読み名は、”こばたけ”です。ほとんどの人は”おばた”としていますが、小畠の末裔の方に聞くと”こばたけ”でした。その理由は長くなるので割愛しますが、



2019年12月29日日曜日

さすがにテレ朝の番組は間違いが多い 「戦国武将総選挙」

28日に「戦国武将総選挙」という番組があった。
その中で、明智光秀に関する間違いがいくつかあった。歴史を知らない人が見たらまた誤解して記憶に残るのだろう。困ったもんだな、朝日系は歴史の捏造が得意やし。
まあ丹波の明智光秀の研究家など居らんし、ほとんど首都圏で研究してるししょうがないけど、区別できんのかな?朝日系の光秀情報は信用度が低い。

<間違い>
×福知山は明智光秀が治めた町。違うやろ、福知山を治めたのは光秀の娘婿の”明智秀満”です。
×明智光秀は愛妻家? 愛妻家を証明する史料は一つだけ(煕子の葬式にでたこと)

しかし、間違っていないのが、桔梗紋。しっかり”明智桔梗”を使っていたことは良かったね。でも西教寺の光秀の兜にはこの”明智桔梗”が施されているし、間違うほうがおかしい。
部下には受けが良かったこと。比叡山の焼き討ちは自ら進んでやったこと。
朝日系メディアは要注意です。

<明智光秀>

2019年12月28日土曜日

明智光秀の首塚の一つ「谷性寺」

京都府亀岡市、湯の花温泉からほど近い古刹「谷性寺(こくしょうじ)」。その創建は古く平安時代とされ、本尊は不動明王。谷性寺は明智光秀ゆかりの寺であり「光秀寺」とも呼ばれ、また光秀の家紋である桔梗が初夏にかけて咲き乱れることから「桔梗寺」ともいわれています。





2019年12月27日金曜日

丹波の明智光秀を語るにはスタートはここ「亀山城」

織田信長の命を受けて丹波攻略に従事中であった明智光秀が、口丹波にある亀岡盆地の中心であった亀山に天正6年(1578年)に築城し、天正6年中に一応完成したと考えられる。諸説様々。
現在は、宗教法人大本が管理していますが、窓口に一声かけて入城できます。ただし、観光客用に駐車場はありません。JR亀岡駅徒歩約8分。






2019年12月26日木曜日

ここが違うよ光秀さん⑤

丹波亀山城の紹介記事に「伊勢の亀山城」の画像が掲載されている。
亀山城が二つあることを知らない雑誌編集者たち。

彼らの頭の中は亀山城=伊勢の亀山城、丹波の亀山城=亀岡城(マンション名)なんだ。

<丹波亀山城跡> 

<伊勢亀山城跡>

2019年12月24日火曜日

ここが違うよ光秀さん④

京都府の福知山城
福知山城は明智光秀の築いた城。
ここまではいいが、歴史的な事実にもとづけば城は築いたが、居城でもなく、統治したのは娘婿の「明智秀満」なんだよな。

みんな福知山=明智未光秀と勝手に大誤解してるけど、嘘でも100回言ったら本当になるのごとし。娘婿の「明智秀満」が正解です。



2019年12月23日月曜日

ここが違うよ光秀さん③

これは明智光秀ではない。


その理由、家紋がでたらめ?誰の家紋か意味不明。兜の形が戦国時代ではない。
これは明智光秀ではないという指摘もあるそうだが、その通りです。明智光秀ではありません。谷性寺のとなりの畑にあった。今はブルーシートの中。
雑誌で掲載された「なんちゃって光秀像」
すべて取材ミスです。
 <現在の状況>
<雑誌での取り上げられ方>








2019年12月22日日曜日

明智光秀の間違いの芋づる拡散

明智光秀関連の雑誌やムックが乱立の気配。
1月から大河ドラマ“麒麟がくる”の放映を前に、関連本が書店やAmazonをにぎわしている。
ただ後発組の書籍やMookは先行して発刊した媒体を参考にしているから、取材をしていない編集プロダクションは、間違った情報内容をそのまま、発行の編集内容としてマネすることになり、間違いが増殖する。
「桔梗紋」「亀山城」と「亀岡城」、敵は本能寺にあり(江戸時代の創作物)など、もう手が付けられない。
歴史を検証してから、おもしろおかしく編集してください。



2019年12月21日土曜日

ここが違うよ光秀さん②

明智光秀が使ったという家紋ってどれ?
「明智桔梗」ですよ。歴史雑誌でも間違い、はたまた自治体も間違っているところもあります。もっと勉強すればいいのに。


 で、これが明智桔梗です。



これは、土岐桔梗紋。江戸時代になってから使われ始めました。光秀さん自身は「自分は土岐氏の支流」と言っているが、その証左は何も残っていません。まさに言ったもん勝ちの様相です。これを使っている自治体はどうしたものか。


まったく違います。亀甲桔梗紋。


2019年12月20日金曜日

雨後の筍「明智光秀研究家」が増殖中

2020年の大河ドラマ麒麟がくる のおかげで、今まで明智光秀研究などついでにやっていた大学教授が雨後の筍のように増殖している。
今まで「豊織時代の研究」「織田信長研究」「戦国時代研究」「中世の武家社会の研究」「今川義元研究」など、そんな分野の研究をしている学者、教授までが、「私は明智光秀の研究家」だと言い出す始末。そう言えばみんな、「にわか光秀需要」にありつけるからね。でもそれをありがたく信じ込む?連中も目出度限りですが。どっちもどっちじゃん。




2019年12月19日木曜日

ここが違うよ光秀さん①

似て非なるもの。京都府亀岡市にある亀山城跡と亀岡城。
亀岡城はマンションの名前です。
教養のある方は間違わないように。


明智光秀スポットが当たる年

最近は、テレビでも雑誌でも取り上げられることが多くなった明智光秀。
先日もどこかの番組で、本能寺の変の前日の亀山城から本能寺までの移動についての検証をやっていた。
でも、現在の道で検証してどうするの?昔はもっと道幅もあったし通行しやすいはず。それを、400年以上たって現在の狭くなった道で検証しても条件が違うじゃん??



大河ドラマ「麒麟がくる」も来月放送開始。

大河ドラマ「麒麟がくる」も来月放送開始。そろそろ再開しようか?なお放送開始は、沢尻エリカ様の粗相により、1月19日スタートとなっています。」