2020年2月20日木曜日

NHK大河ドラマ“麒麟がくる”ででてくる桔梗紋は

NHK大河ドラマ“麒麟がくる”での明智光秀の桔梗は「剣香桔梗」です。いちおうオリジナルとは言ってるけど。


2020年2月19日水曜日

岐阜城は堅固だ



斎藤道三、織田信長の城。見晴らしが最高にいい。







2020年2月16日日曜日

光秀をイメージしたパフェ

京都府のとある武家屋敷で日程限定でだされた「明智光秀いちごパフェ」
どんなあじなんだろう??

2020年2月15日土曜日

明智光秀は最初からいたのか?

明智光秀はほんとにいるのか?
明智光秀なりすまし説
明智光秀「明智」パクリ説

①明智という姓の武将が「光秀」を名乗った?
②十兵衛という武将が「明智」を名乗った?
③光秀という武将が「明智」を名乗った?※土岐氏ではない。
どれもありえる。NHKでは、どれも突っ込みが無いように「明智十兵衛光秀」だってさ?
でも真実は、①だろうか。謎・

2020年2月13日木曜日

大河ドラマの視聴率  いつも気まぐれ投稿


麒麟がくる 京都大河ドラマ館には影響ないか?
この視聴率をどう見るべきか?


◆「麒麟がくる」初回(119日)の平均視聴率は、関東地区で191%
◆第2126日の平均視聴率は17.9
◆第322日の平均視聴率は16.1
◆第429日の平均視聴率は13.5%
  

2020年1月20日月曜日

なかなかいい出だしかも?



記者会
 19日に放送されたNHK大河ドラマ「麒麟(きりん)がくる」の初回平均視聴率は、関東地区で19・1%、関西地区で19・3%だった。ビデオリサーチが20日、発表した。

NHK大河ドラマ 明智光秀 「麒麟がくる」が始まった

昨夜からNHK大河ドラマ 明智光秀 「麒麟がくる」が始まった。紆余曲折はあったものの、これからを期待したい。まあ全体的には明るい、色彩の明るい映像が多かったような気がする。











https://www.nhk.or.jp/kirin/

2020年1月17日金曜日

明智光秀は愛妻家か? ②

1573年に妻の熙子はこの世を去ります。
当時では珍しく妻の葬式に夫が参列するなどありえないことでした。だからこの部分を持って、明智光秀は”愛妻家”だとされていますが、この話の後にはオチがあります。 
その後、光秀は熙子の妹を後妻として妻に迎えてます。
どこが、愛妻家やねん?と突っ込みたくもなりますが、当時はこんなもんだったのでしょううね????


2020年1月12日日曜日

明智光秀は愛妻家?

そんなことない。光秀が愛妻家?は歴史史料には根拠はない。

明智光秀、美濃の斎藤道三に仕えていた時に、斎藤道三は身内にクーデターを起こされて死去します。それが原因で、明智光秀もこのクーデターのせいで美濃を追われてしまう。
 その後、明智光秀は叔父の山岸光信という人を頼ってしばらくそこのお家に居候しますが、そこにた山岸氏の娘「千草」という女性とできちゃったわけです。

その千草という女性は、明智光秀の従姉妹です。




2020年1月11日土曜日

濃姫の生年については諸説あり、『美濃国諸旧記』の天文四1535年説という古文書をひもとけばこんな感じ。濃姫という呼称は「美濃の国の姫」という程度の意味で、本名は不明(帰蝶、胡蝶は創作)のため。

10歳で、濃姫を土岐氏の一門である土岐八郎頼香(とき はちろうよりたか)に嫁がせ、二人目は、12歳で土岐次郎頼純(とき じろうよりずみ濃姫は数えで15歳であっ。頼香の甥)い嫁いでいる。
その二年後に織田信長に嫁ぐわけだが、15歳~16歳で信長に嫁ぐわけです。
この話をNHK大河ドラマ“麒麟がくる”ではどう描くのか????
描くわけないじゃん。これが現在です。

2020年1月4日土曜日

ちょっと怪しい御霊神社(南丹市)

ほんまかウソか?(多分ウソ)明智光秀が八上城攻めの時に自分の母親を人質に差し出したという逸話もあるが、嘘でしょう。

社殿には「明智光秀公の母堂を祀ると言われる神社です」と書かれた札が立てられていましたが詳細は不明です。
境内にあるツクバネガシの巨木は樹齢400年と考えられ、1986年に御神木とされ、氏子や地域の住民によって大切に守られています。(これ↓これは非常に怪しい表現だ)



http://kuchitanshrine.my.coocan.jp/minamihattagoryou.html

2020年1月3日金曜日

南丹市の南八田地域には松の木がない

南八田の伝承では集落を流れる八田川をはさんで明智と波多野の戦いがあり、双方に多くの戦死者が出た。明智の供養塔とされる五輪塔が曹源寺に、波多野側が八田川のほとりに安置されている。
八上城で磔にされた明智光秀の母親は、松の木で作られた磔台で処刑されたことから、この辺りには松の木が無いらしい。真偽のほどは不明。

 ※石柱を建立したのは丹波史談会の会員で奥村覺さん(94)。自宅近くにある波多野側の五輪塔を知ってもらおうと、「南八田五輪塔」と刻んだ、高さ1メートルの石柱を立てた





2020年1月1日水曜日

光秀の丹波平定に味方した国衆③

野々口西蔵坊

現在の亀岡市の宮前町にある金輪寺の山伏であったといわれ、織田信長の事績を記した『総見記』には「本目ノ山伏」と記されている。
西蔵坊は、丹波攻めに際して光秀の指令を現地へ伝える役割や、木材を河原尻村から保津川端に運搬するなど、光秀の丹波攻略や統治に積極的に関わってた。
明智光秀との連署での古文書も残る。
何度も言いますが、丹波から見れは、この人たちは丹波の裏切者です。
           <埴生城跡>

https://www.city.kameoka.kyoto.jp/kirin/rensai/7.html
【典拠】「小畠文書」(天正6年)
11月15日付、明智光秀書状
「小畠文書」年未詳7月4日付、明智光秀書状
「谷森建男氏所蔵文書」年未詳9月3日付、村井貞勝書状

2019年12月31日火曜日

光秀の丹波平定に味方した国衆②

川勝 継氏(かわかつ つぐうじ)は、戦国時代から安土桃山時代丹波武将
世渡りの達人。
天正4年(1576年)からの明智光秀の丹波攻略には与力となって協力し[2]、信長により戦功を賞された。天正10年(1582年)の本能寺の変以降は豊臣秀吉に仕え、同年9月9日には嫡男・秀氏が秀吉より丹波国何鹿郡内で3,535石を与えられている。慶長3年(1598年)、初めて徳川家康に謁見し、秀吉死後は家康に仕えたというからすごい生き様。




2019年12月30日月曜日

光秀の丹波平定の功労者?①

小畠左馬之助、小畠助大夫。
信長の統一戦が進む中天正三年(1575)六月十七日、朱印状を受け、丹波攻めのために派遣する明智光秀に協力するよう命じられている。光秀からは同月十九年、知行安堵され、働きによって新知を加増することを約束された(小畠文書)という。
丹波に居りながら、光秀の丹波平定に際しては手下となって、手引きするとは?

丹波の国衆から見たらそうなるのですが。
小畠の読み名は、”こばたけ”です。ほとんどの人は”おばた”としていますが、小畠の末裔の方に聞くと”こばたけ”でした。その理由は長くなるので割愛しますが、



2019年12月29日日曜日

さすがにテレ朝の番組は間違いが多い 「戦国武将総選挙」

28日に「戦国武将総選挙」という番組があった。
その中で、明智光秀に関する間違いがいくつかあった。歴史を知らない人が見たらまた誤解して記憶に残るのだろう。困ったもんだな、朝日系は歴史の捏造が得意やし。
まあ丹波の明智光秀の研究家など居らんし、ほとんど首都圏で研究してるししょうがないけど、区別できんのかな?朝日系の光秀情報は信用度が低い。

<間違い>
×福知山は明智光秀が治めた町。違うやろ、福知山を治めたのは光秀の娘婿の”明智秀満”です。
×明智光秀は愛妻家? 愛妻家を証明する史料は一つだけ(煕子の葬式にでたこと)

しかし、間違っていないのが、桔梗紋。しっかり”明智桔梗”を使っていたことは良かったね。でも西教寺の光秀の兜にはこの”明智桔梗”が施されているし、間違うほうがおかしい。
部下には受けが良かったこと。比叡山の焼き討ちは自ら進んでやったこと。
朝日系メディアは要注意です。

<明智光秀>

2019年12月28日土曜日

明智光秀の首塚の一つ「谷性寺」

京都府亀岡市、湯の花温泉からほど近い古刹「谷性寺(こくしょうじ)」。その創建は古く平安時代とされ、本尊は不動明王。谷性寺は明智光秀ゆかりの寺であり「光秀寺」とも呼ばれ、また光秀の家紋である桔梗が初夏にかけて咲き乱れることから「桔梗寺」ともいわれています。





2019年12月27日金曜日

丹波の明智光秀を語るにはスタートはここ「亀山城」

織田信長の命を受けて丹波攻略に従事中であった明智光秀が、口丹波にある亀岡盆地の中心であった亀山に天正6年(1578年)に築城し、天正6年中に一応完成したと考えられる。諸説様々。
現在は、宗教法人大本が管理していますが、窓口に一声かけて入城できます。ただし、観光客用に駐車場はありません。JR亀岡駅徒歩約8分。






2019年12月26日木曜日

ここが違うよ光秀さん⑤

丹波亀山城の紹介記事に「伊勢の亀山城」の画像が掲載されている。
亀山城が二つあることを知らない雑誌編集者たち。

彼らの頭の中は亀山城=伊勢の亀山城、丹波の亀山城=亀岡城(マンション名)なんだ。

<丹波亀山城跡> 

<伊勢亀山城跡>

2019年12月24日火曜日

ここが違うよ光秀さん④

京都府の福知山城
福知山城は明智光秀の築いた城。
ここまではいいが、歴史的な事実にもとづけば城は築いたが、居城でもなく、統治したのは娘婿の「明智秀満」なんだよな。

みんな福知山=明智未光秀と勝手に大誤解してるけど、嘘でも100回言ったら本当になるのごとし。娘婿の「明智秀満」が正解です。