2013年6月2日日曜日

保津川の「綱道」って

京都への物資の運搬に使われいた保津川。
1949(昭和24)頃までの保津川では木造船が川を下り、帰路はその船を下した船頭の力で乗船場迄曳き上げられていた。
乗船場から嵐山までは約2時間なのに対し、曳き上げには約4時間を要する。川を下って来る筏や船との衝突を避け、岩場にへばりついて船を曳き上げる。
いつから作られたかは定かではないが、そんな船を曳綱(小指位の細い麻のロープ)で曳いて走り歩く為の道が川岸に設けられた。これを綱道という。

というわけで、綱道を歩いてみました。
こんなんよく歩いたね?というのが実感です。
でも、今もその名残がある。

今も残る綱道を辿ってみれば、川岸の土の上に石を積んで崩れないようにしっかりと作られたものもあれば、藪の中の獣道のようにやや痕跡が残るだけの道もあった。急な斜面の岩場には片足をかけるのがやっとという、岩を削ったわずかな窪みだけが残る所もある。曳舟の水路(ミト)も川下りの時のミト、曳き上げる為の上がりミトも分けていたそうだ。
また岩には船頭のさす竿の跡やもどり舟を人力で引きあげた綱の跡が、ところどころについており舟下りの歴史を物語っている。




















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