2013年4月6日土曜日

丹後に残る昔と、新たな未来  二つの海の顔!


丹後には二つの顔があります。それは漁村として商港、未来に向けた世界をめぐる船を迎え入れる海の顔です。

舞鶴港(まいづるこう)は日本海に面する舞鶴湾にあるです2004より京都舞鶴港の通称。古来より北前船の寄港地とも知られ、日本海側でも有数の商業港として栄えていましたが、明治時代に日本海側唯一の海軍鎮守府舞鶴鎮守府が開府し、軍港として飛躍的に発展します。日露戦争の際、そのほとんどの船がここから出港したことは有名で、戦時中も東港が軍港として整備され、西港は対岸貿易拠点港として整備、朝鮮満州への定期航路を有するまでに発展しました。同時に西港地区は舞鶴漁港を内包し(法的にはこの区域は舞鶴港ではない)、大型定置網漁船の拠点となっています。京都府では最大の漁港として知られ、府内生産物取扱量の60%以上を占める水産物流通の中核的漁港となっています。また他府県漁船の利用が多いことも特徴で、特に、舞鶴港を全国に知らしめたのは、『岸壁の母(がんぺきのはは)』ですね。第二次世界大戦後、ソ連による日本人捕虜の抑留から解放され、引揚船で帰ってくる息子の帰りを待つ母親マスコミ等が取り上げた呼称です。そのひとりである「端野いせ」さんに取材した流行歌の楽曲『岸壁の母』、映画作品のタイトルともなり、歌手菊池章子、二葉百合子により大ヒットしたのは記憶に新しく、現在では坂本冬美により、リメイクされています。
また、舞鶴港には、昔の漁村を偲ばせる風景や、大浦半島の漁村も現在も稼働するなど、軍港と漁港(商港)の顔を備え持つ京都の港町といえます。
現在東港は、明治時代より軍港として発展してきた関係から、多くの旧日本海軍関連の遺跡を有しております、特に近年では舞鶴赤レンガ倉庫群などは映画のロケ撮影なども行われるなどしています。他にも世界中の煉瓦を集めた赤れんが博物館や、舞鶴市の歴史や風俗を展示した舞鶴市政記念館まいづる知恵蔵なども整備されており、観光名所ともなっています。また2008(平成20年)には国の重要文化財に指定されました。
舞鶴は宮津とともに、海の京都の二大拠点として、現在におけるアジアとの交流拠点としては注目されているだ。


とこんなところで、どうでしゃろ?
丹後の観光振興を語るなら、取り組むならこの程度の知識は「ミニマムな常識」です。金儲けに歴史は要りませんが、この程度の知識のある人に、丹後の観光振興に取り組んでもらいたいですね。と祈念します!


by 「観光・産業振興請負人」







0 件のコメント:

コメントを投稿